シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

お金と心理学の密接な関係 NLPで紐解くお金の正体

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

こんにちは。
まんトレスタッフ”中の人”です。

唐突ですが、お金って何だと思いますか?
あまりに唐突過ぎて、驚かれたかもしれませんね(笑)

だって不思議じゃないですか。
たとえば1万円札の原価は、20円くらいだそうです。
しかし、日本国内、どこで使っても、1万円札は一万円の価値があるものとして扱ってもらえます。

考えてもみてください。
ホンダの普通のコンパクトカー、フィットが1千万円で売っていたとしても誰も買う人はいないでしょう。
何の変哲もない散髪屋さんでの散髪に、1時間50万円の値段がついていてもそんなところで散髪する人はいません。
ファミレスで、30万円のコース料理がメニューにあったとして誰が注文するでしょう。

普通は、その価値に応じた値段でしか、私たちは取引しません。
しかし、1万円札はモノとしては20円の価値しかないのに、1万円の価値を認められている。

これは「信用」に裏付けられている、と言われています。
日本のどこに行っても、1万円の商品やサービスと交換できるという信用があるから、1万円札はたった20円のものでも、1万円札として成立します。
逆に言えば、この1万円の価値がある、という考え方が消えてなくなれば、1万円札はただの紙切れです。
使う側が、1万円札だ、と思っていても商品を売る側が1万円の価値はない、と考えれば1万円札は1万円の価値はないわけです。

これは、少し大胆な言い方をすれば、国民全体が暗示にかけられているようなものです。
1万円札とは、1万円の価値があるものである、といういわば思い込みです。

さて、私たちは、他にも様々な思い込みを持っています。
お金を稼ぐには、汗水たらして苦労しなければならないというのもその一つ。
さらに、「私にはそれだけのお金を受け取る価値がない」という考えも一つです。

たとえば、あなたが何か、他人に親切をしたと思います。
道に迷って困っている人に、道案内をしたとしましょう。
相手の方は、
「とても困っていたので助かった。あなたに感謝の意を表したい」
と1万円札を差し出したとしましょう。

これ、素直に受け取るでしょうか?
それとも断りますか?

いやいや、さすがにこれだけで1万円は受け取れない。

そうやって断ったとします。
しかし、相手は引き下がりません。
では、せめて、これを、と缶ジュースを下さったとしましょう。
130円のジュースなら、「それなら遠慮なく」と受け取ることができるかもしれませんね。
これで、あなたの親切に値段をつけるとすれば、130円になったわけです。

さて、親切を受けた人は、初めに1万円札を差し出しました。
その人にとって、この親切は1万円の価値があったから差し出したのでしょう。
それは感謝を形にあらわしたものです。
その感謝の気持ちを、受け取ってもらえなかった。

ここにギャップがあります。
親切を受けた人はその親切に1万円の価値を見出した。
しかし、親切した側は130円が妥当だと考えた。
けっか9,870円の差はどこに行ったのでしょうか。

この「お礼には130円のジュースが妥当」と考えたのは誰でしょうか?
どう見ても、親切な行いをした人です。
なにしろ、相手はその振る舞いに1万円の価値を見出していたのですから。

じゃあなぜ自分は、この親切の価値が130円だと考えたのでしょうか?
恐らく、特に苦労をしたわけでもないからなのかもしれません。
自分が知っている土地の事を聞かれただけだから、知っている事を答えた。
ただそれだけだ、と考えている事でしょう。

ここに、ある思い込みがあります。
NLPでいうところの「ビリーフ」です。
お金は、苦労して稼ぐもの。
こういった信念(ビリーフ)を持っていると、せっかく1万円の評価をしてくれた相手の行為を受け入れられなくなります。

そもそも、そんなに簡単にお金の話にするなよ、という人もいるかもしれませんね。
けど世の中、何かのサービスを受けるにはお金は不可欠です。
ディズニーランドでガイドを雇えば、お金はいります。
夢の国でさえ、お金が基準にあるのですから、現実世界であればなおさらです。
お金がなくてもできる事はありますが、お金のことに囚われているからこの記事を読まれているともいえるかもしれません。

お金の話をタブー視しているとすれば、それはそれで一つの思い込みだと思います。
お金は汚いものとか、お金の話をするのははしたない事だとか。

もう少し考えていくと、いやいや、普通道案内をして1万円くれるなんて人、いないでしょ?
と言いたい人が出てきそうですね。

ちょっとたとえが極端だったかもしれません。
しかし、こんな話なら経験はありませんか?

●仕事のステップアップのために、海外でチャレンジしてみないか?
●この要職を君にお願いしたいと思っているのだがどうか?
●こういったセミナーをするのだが、君に講師をお願いできないか?
●会社でこんなチームを立ち上げるが、君が引っ張っていってくれないか?
●こういった資格試験にチャレンジしてみない?

他にもいろいろあると思うのですが、人生の様々なターニングポイントで
「いやいや。私には務まりません」
そういって拒絶した経験はありませんか?

実はこれ、差し出された1万円を断り、私の行為は130円にふさわしい、
と言っているのと何ら変わらないのではないでしょうか。

「お金」は感謝の証である、という人がいます。
つまり私たちは、人に感謝される事をやればリッチになれるわけです。
ただその時に、目の前に差し出されたお金を拒絶している事が少なからずあります。

それは、自分がそれにふさわしい人間でないとか、
それにふさわしい行動をしたわけではないとか、
相応しい効果がなかったとか。

それを決めるのは、あなたではなく相手です。
なのにそうやって自分を卑下する背景には、自分に自信がないことを示しています。
自分を愛しきれていない可能性があります。

ある方は、「お金=自分」と言います。
自分が価値ある存在である、と認められさえすれば、お金は自然とついてくる。
特に近年では、クラウドファンディングなどといったお金を多くの人から集めるスキームも盛んに活用されています。
これによって、いとも簡単に、莫大な資金を調達する人も出てきました。

もし、お金の事で悩んでいるとしたら、見直してほしいのです。
あなたは、既に価値がある存在であることを。
そこが揺らぐと、お金に問題が波及してくるのです。

お金は自分。
必要なお金が手に入らないとすれば、自分を認めていない可能性があります。

そんな心の中に巣食うビリーフを変えていく。
NLPではそんなワークもあります。
ぜひ、一度学んで頂きたいと思います。




シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする